ゼロの氷竜 十二話

ゼロの氷竜 十二話


コルベールは図書室へ向かいながら、古い記憶を掘り起こし始める。
決して鮮明なものではないが、ブラムドの左手に刻まれていたルーンには確かに見覚えが
あった。
ただし、見たという記憶は最近のものではないし、使い魔召喚の儀式の際でもない。
であれば、とコルベールは図書室の奥、古文書や稀覯書が置かれるフェニアのライブラ
リーへと足を向けた。
しかし、目当てであったルーンに関する書籍のほとんどが見当たらない。
はて、と首をひねったコルベールだったが、つい先刻ロングビルが運んでいた書籍の類が
何であったかを思い出す。
そう、コルベールが拾い集めてロングビルへ渡した書籍の中には、確かフェニアのライブ
ラリーに納められていたものがあった。
……先刻気付いてさえいれば!
……いや、とっさに同行を拒否してさえいなければ……!!
……なんにせよ、今一度ミス・ロングビルに会う口実ができたのだから……。
と、強引に自身を納得させ、コルベールはオスマンの部屋へと向かう。



恐怖が、ロングビルの、土くれのフーケである彼女の足から力を奪う。
壁において体を支える腕も、小刻みに震えることをやめようとしない。
二十数年間の生涯の中で、命の危機を感じたことは幾度かあった。
だがスクウェアメイジに追い詰められたときでさえ、これほどの恐怖を感じたことはない。
頭で恐怖を感じるよりも早く、体が逃げようとしていた。
あの青い瞳には、一切の殺意は浮かんでいなかった。
その深さは、明かりの見えない夜の海を思わせる。
果てもなく底もなく、ただ沈み込んでいくような不安感。
震える腕で、震える体を抱きしめながら、ロングビルは場所もわきまえずに臥してしまい
たい欲求に駆られていた。
「ミス・ロングビル!?」
呼ぶ声が、ロングビルの意識を覚まさせる。
かろうじて秘書としての仮面をかぶり、面倒と思いながらも声の主へと視線を向ける。
「ミスタ・コルベール、いかがなさいまして?」
「それはこちらの台詞です!! 一体どうなさったのですか!?」
学院長の部屋からさして離れていない廊下で、膝を床に下ろして自らの体を抱くロングビ
ルに、コルベールは驚きの声を上げていた。
ひとまず立ってもらおうとコルベールがロングビルの肩に手をやった瞬間、彼女は大きく
一度、体を震わせた。
「こ、これは申し訳ない!」
慌てて手を離したが、今更ながらに息のかかるような場所にいたことに気付く。
コルベールが至近で見るロングビルの瞳はわずかに濡れ、息は荒い。
頬から下がる数本の髪は、口の端にかかっている。
以前から気になっていた女性に、普段の乾いた様子とは違う、艶やかさが色付いていた。
むずむずとした鼻の違和感を覚えながら、コルベールは激しい勘違いをする。
「……まさか、また学院長に!?」
「あ、いえ……」
と反射的に否定しようとしたロングビルだったが、二の句を告げずに黙り込んでしまう。
オスマンのしでかした結果ではないが、ブラムドの仕業というわけにもいかない。
答えに窮したロングビルの様子に、コルベールは勘違いを盛大に加速させる。
「いいにくいことであれば結構ですよ。ひとまずは自室へ戻られるといい」
ロングビルを気遣いながらも、立ち上がったコルベールの瞳には義憤の炎が燃えている。
学院長室へ向かうコルベールの足並みは激しく、その顔は怒りに赤く染まっていた。
残されたロングビルに、その歩みを止めることは考えられず、またコルベールの鼻から一
筋の血液がたれていることも伝えられなかった。
今回ロングビルがこうなってしまったことに、オスマンは一切関わっていなかったが、普
段の行動にはそれなりの鬱憤もある。
「……まぁ、いいか」
とつぶやき、気をそらされて恐怖の薄れたロングビルは、何かを誤魔化すように頭をかく。
その後改めてコルベールの後を追おうとせず、彼女の足は自室へと向けて歩き出した。
「……悪い人じゃ、ないんだけどねぇ……」
普段とは違う口調で、ため息とともにはき出されたその言葉を、聞いたものは誰もいない。



人間が顔色を変える瞬間、顔の表皮の内側では毛細血管が拡張している。
これはその原因が羞恥でも、怒りでも変わることはない。
また、羞恥や怒りが原因で興奮しているとき、拡張するのは皮下の毛細血管だけではなく、
手足や眼球、耳や鼻のそれも含まれる。
コルベールは怒りと、そして勘違いからのよからぬ想像によって興奮していた。
その興奮が原因で、鼻先に集中する毛細血管が拡張し、それによる負担で血管が破裂した
としても、人体にとっては正常な反応の一つに過ぎない。
「オールド・オスマン!!」
大きな音とともに開かれた扉の先に、頭の薄い教師が鼻血を垂らして仁王立ちしていた。
「ミスタ・コルベール?」
オスマンはその表情と鼻血に驚くが、扉へ振り返ったブラムドはあくまで自然体だ。
ブラムドが目に入っていないコルベールは、大股でオスマンに歩み寄り、両手で胸ぐらを
掴んで立ち上がらせる。
「ミス・ロングビルに、今度は一体何をしたのですか!?」
その叫びに、ブラムドとオスマンは顔を見合わせた。
「い、いや、わしは何も……」
「何もしていないのにあんなところでしゃがみ込んでいるはずがないでしょう!?」
目の前の老人が上司であることも、さらには自分の言葉に説明が足りていないことも失念
しているのか、コルベールはオスマンの言葉を大声で遮る。
見かねてブラムドが声をかけた。
「落ち着けコルベール……」
「高価な壺を持たせながら尻をまさぐったり!! 使い魔を通して下着を覗いたり!! それ
だけでも十分問題なのに、果ては遠見の鏡をミス・ロングビルの私室に仕込もうとしたこ
ともあった、という噂も聞きましたが!?」
言葉を遮られた形のブラムドだったが、そのことを注意するより早く、コルベールの叫ん
だ内容に耳を奪われる。
「鏡の件は捏造じゃ!!」
さすがにオスマンも反論するが、
「他は事実でしょうに!!」
というコルベールの言葉へ異論を唱えることはできなかった。
「あなたは、魔法、学院の、長と、いう、立場で、あり、ながら、一体、何を、考えて、
いるの、ですか!?」
文節が区切られるたびに全力で前後に振られては、さしものオスマンも声を上げることさ
えできない。
コルベールの言葉に絶句するブラムドだったが、そんなオスマンの様子を見てはひとまず
止めざるを得ない。
「……コルベール」
「ミセス・シュヴルーズの尻も定期的に撫でているとか!!」
「……コルベール?」
「トリスタニアで入店を断られている店もあるとか!!」
「……コルベール!?」
「多感な年齢の少年少女を預かる立場を、一体どう考えておられるのですか!?」
さすがにこうまで無視されては、温厚なブラムドでも実力行使に出る他はない。
オスマンの首も最早据わっておらず、その意識も朦朧としている様子だ。
ため息をつきながらコルベールの背後に立ち、ブラムドは軽く膝を曲げ、跳ねた。
さして力も入っていないような動きだったが、その体はコルベールの腰を易々と超える高
さに浮き上がる。
そのまま振り上げられた右の手のひらが、つややかなコルベールの頭頂部に打ち込まれた。
破裂音とともに、コルベールの鼻から小さな血液の固まりが吹き出す。
両手から力が抜け、オスマンの体が解き放たれる。
尻餅をついた痛みで、オスマンが混濁していた意識をさます。
瞬間的に活動を停止したコルベールへ、ブラムドが改めて声をかける。
「……コルベール、落ち着いたか?」
その声で活動を再開し、コルベールが後ろへ振り返る。
「……こ、これはブラムド殿……」
「ようやく落ち着いたか……」
ブラムドが疲れたようにつぶやくと、それを契機とばかりにコルベールの頭頂部には真っ
赤な手のひら型の痣が浮かび上がっていた。



「我が少し脅かしてしまったためだろう。少なくとも今回、オスマンは何もしておらぬ」
ブラムドの言葉でコルベールは納得し、鼻を拭きながらオスマンへ深く頭を下げた。
ブラムドへ自身の悪行をばらされたオスマンだったが、事実であるために叱責するわけに
もいかず、微妙な表情を浮かべながらも謝罪を受け入れる。
「して、用件はそれだけかね?」
というオスマンの言葉に、コルベールはルーンのことを思い出す。
「や、ブラムド殿のルーンのことを調べておりまして」
「ほ? 心当たりでもあるのかね?」
「ええ、確か以前に見た覚えがあるのです」
コルベールはそういいながら、ロングビルの机に積まれた紙束や本を眺め始める。
離れたコルベールを横目に、ブラムドはオスマンへと耳打ちした。
「コルベールは嘘が上手いか?」
問われたオスマンは渋い顔を浮かべる。
「いえ、非常に下手くそですな」
「ではロングビルの件は先刻の説明で済ませるとしよう」
二人が顔を見合わせてうなずいた次の瞬間、嬉しそうなコルベールの声が上がった。
「ありましたぞ!」
広げられた本の表紙には、『始祖ブリミルの使い魔たち』と記されていた。
本に記載されたルーンと、差し出されたブラムドの左手に刻まれたルーンを確かめる。
鈍い輝きを放ち続けるルーンは、確かに『ガンダールヴ』のそれに間違いない。
「ガンダールヴ」
未知の言語を読み取る『言語読解(トランスレイト)』を唱えながら、ブラムドも『始祖
ブリミルの使い魔たち』を読み進める。
曰く、あらゆる武器を使いこなし、千人の軍隊を討ち果たす力を持つ。
「ガンダールヴか」
「ガンダールヴですな」
「野外であれば、千や万の兵を討ち果たすのはさして難しくもないが」
ルーンの正体がわかったことは喜ばしかったが、ブラムドにとって、そしてその正体を知
る二人の教師にとって、その効果はさして有用なものには思えなかった。
「ただ、常に光り続けているのは気になりますな」
コルベールの言葉に、オスマンがうなずく。
「こういったものではないのか?」
「いえ、ルーンが輝くのはその力が発揮されているときです」
「だが我は武器など持っておらぬし、そもそも武器など必要ない」
困惑するブラムドは本を眺めるが、答えは見つかりそうもなかった。
「確かに、そもそも竜にとっては体そのものが武器に等しいですし……」
いいながらオスマンは自らの言葉に気付かされる。
そして同時に、ブラムドも同様の結論に至った。
「我がこの身そのものを武器と捉えているために、ルーンが反応しているということか」
「おそらくは。心当たりはありませなんだか?」
オスマンの言葉に、ブラムドは手のひらの傷を思い返す。
「確かに先刻、手のひらに傷ができた際に痛みが少なかった」
「ええ、深さの割に出血もあまりありませんでしたな」
ブラムドの言葉に、コルベールも同意した。
三者が知らないことではあるが、脳内物質の分泌によって痛みが軽減されたり、筋肉の極
端な収縮により出血が弱まる例もある。
戦いの興奮によってそれらの作用が起こる場合もあるが、戦う為にそういった作用が起こ
るといえるかもしれない。
「では、ルーンは我のこの身の力を常に強めているということか……」
ひとりごちるブラムドから目線を外し、コルベールはオスマンへ顔を向ける。
「オールド・オスマン、ガンダールヴの件を王室に報告しますか?」
コルベールの問いに、オスマンは苦悶の表情を浮かべる。
「王室の調査団がくれば、ブラムド殿の正体が露呈しかねん。公爵令嬢というミス・ヴァ
リエールの立場上、王家の命には逆らえんじゃろう。そうなれば……」
言葉を飲み込むオスマンに、コルベールもブラムドも先を促すことはない。
ルーンの件はこの場限りのものとするというオスマンの命に、コルベールも了解する。
「さて、それではそろそろ食堂へ向かいますかな」
沈んだ空気を、オスマンの言葉が晴らす。
一人の男と一人の女が、それに同意した。



「そういえば、これ何?」
キュルケの言葉に、ルイズとタバサが顔を上げる。
視線の先には、ブラムドが生み出したゴーレムが立ち尽くしていた。
「ブラムドが作ったゴーレムよ。机を元に戻してくれたの」
「ふぅん。メイジがいなくても大丈夫なのね」
ハルケギニアのゴーレムは、メイジからの魔力供給を受けていなければその体を維持する
ことは出来なず、メイジが離れてしまえば素材に戻ってしまう。
ブラムドが作り出したそれはフォーセリアのゴーレムの一種に過ぎないが、ある程度の時
間、その体と命令を維持し続ける。
「ルイズが命令したりは出来ないの?」
「無理ね。ブラムドがあれに命令をしていた言葉は、私の知らないものだったから」
首を振るルイズに、キュルケはつまらなそうに口を尖らせる。
だが次の瞬間、キュルケは一つの疑問を口にする。
「ブラムド様って女性なの?」
ルイズは問いの意味がわからない。
「何いってるの? 見ればわかるじゃない」
「今のお姿じゃなくて、ブラムド様ご自身は女性なのかってことよ」
再びのキュルケの言葉に、ようやくルイズは質問の意味を理解する。
「男でも女でもなれる、っていってた。でもブラムド自身がどうかはわからないわ……」
首を横に振るルイズに、キュルケが恐ろしい勢いで反発した。
「なんで殿方になってもらわなかったのよ!?」
唐突な、しかも烈火の如きその気迫に、ルイズはとっさに返事をすることが出来ない。
燃え盛る炎をその瞳に秘め、キュルケは一歩二歩と近付きながら自らの言葉を継ぐ。
「女性であれだけ美しいってことは、殿方になれば素晴らしい美丈夫だわ!!」
危うく一歩二歩と退いてしまいそうになるが、ルイズはその気位の高さで踏みとどまる。
「恐ろしいほどに強く、震えるほどに美しく、熾火のように優しい」
キュルケはすでに近付くのをやめ、夢見るような瞳で自らを抱き締めている。
「そこまで完璧なら二号に甘んじても構わないわ!!」
両手を強く握り締め、力強く言い切る。
しかしその内容を聞いて、ルイズが黙っていられようはずはない。
いつの間にか抱き寄せられるほど近付いていたキュルケに、胸を突き合わせて言葉を返す。
「二号って何よ!?」
「正妻の立場を譲るってことよ? ルイズとブラムド様の絆を絶とうとは思わないわ」
絆、という言葉に、ついルイズは言葉を失う。
「まぁ女としての魅力では比べ物にならないから、あくまで譲ってあげるんだけれど」
が、キュルケの言葉がルイズに火をつける。
二人の視線の間では、あたかも火花を散らしているかのようだ。
「私のどこがキュルケに負けてるって言うのよ!?」
その台詞に、キュルケは余裕の笑みを浮かべながら応じる。
「まずは胸、あとは身長ね」
言葉の一つ一つが、ルイズのささやかな胸に突き刺さる。
確かにその二点について、ルイズは反論のしようがない。
自身の身長や胸には、小なりといえども劣等感を覚えていたのだから。
ただその二点について、密かに劣等感を覚えている人間が、間近にもう一人存在した。
空色の髪を持つ少女は、ほうきを抱えたまま無言で二人に近付く。
「タバサ?」
ルイズが少女の名前を口にした瞬間、その手につかまれていたほうきの柄が、キュルケの
胸に突きこまれていた。
「痛っ!? ちょっと!! 何!?」
慌ててキュルケはえぐりこむように突かれるほうきの柄を掴んで奪おうとした。
だがタバサは無表情を保ったまま、ほうきを奪われまいと抵抗する。
それを契機に、ルイズが猛然とキュルケに襲い掛かった。
より正確に言うのならば、キュルケの胸に。
「この、胸め!!」
搾り出した呪詛をつぶやきながら。
さらにタバサもほうきを持っていた手を離し、キュルケに襲い掛かる。
より正確に言うのならば、キュルケの胸に。
「タバサ!? ルイズ!! ちょっと!? 待ちなさいよ!!」
すでに論戦の体は成しておらず、教室内には荒い息遣いと時折上がる嬌声、そして体の一
部を指す単語が飛び交うばかりだった。



キュルケが、ルイズとタバサを後ろから抱きかかえている。
腕ごと抱えられている為、抱えられた二人の少女は抵抗も出来ない。
「あ、あんたたち……、いい加減にしなさいよ」
比喩的な意味ではなく、痛む胸に眉根をしかめながら、キュルケは荒い息と共に吐き出す。
一方抱えられている二人の少女も、同じように荒い息を繰り返している。
つい先刻までは、何とか抱える腕を引き剥がそうとしていたが。
とはいえ年若い少女たちに、さらに状況をひっくり返すだけの体力はない。
昼食の時間も近付くにつれ、朝食で摂取した食事もすでに底を突きかけている。
不意に、猛獣のうなり声のような音が教室内に響き渡った。
音の主に目をやったルイズは、体を動かしたこと以上に赤く染まったタバサの頬を見る。
そして頭上から聞こえた笑い声に耳を奪われ、次いで自身も笑い始めてしまう。
笑われた形になったタバサだったが、彼女もまたこらえ切れないとばかりに笑顔を浮かべ
ていた。
ひとしきり笑いあった後、三人の少女は気が抜けたように立ち上がり、黙々と身だしなみ
を整える。
髪を簡単に整え、教室内を転がった為についた埃を払い、それぞれの背中をはらい合う。
「お綺麗になられましたわね、ミス・ヴァリエール」
おどけたように言うキュルケに、ルイズが調子を合わせる。
「いえいえ、お綺麗なミス・ツェルプストーに褒めていただけるとは望外の喜び」
二人に浮かぶのは、角の取れた、少女らしい笑顔だ。
取り残された形のタバサは、思わず緩みそうになる口元を慌てて引き締める。
そんな友人の様子にキュルケが声をかけようとした瞬間、石が転がるような音が聞こえた。
目で発生源をたどれば、ゴーレムがいた場所に石が転がっている。
一番近くにいたキュルケが、なんとはなしに近付いて拾い上げた。
次の瞬間、キュルケは石を見て絶句する。
それはついた血液の量ではなく、食い込んだ傷の深さにだ。
「キュルケ?」
ルイズの言葉に、キュルケは一度大きく体を震わせる。
表情を凍らせ、キュルケはゆっくりと振り返った。
キュルケの手にある石、その血のあとを見た瞬間、ルイズは表情を凍らせる。
「ブラムド……? なんで? 何が?」
ルイズの口をつく意味のないつぶやきに、キュルケが抑揚のない声で答えた。
「爆発したときに、ブラムド様が私をかばってくれたの。ルイズ、私……」
キュルケとルイズは間違いなく友となっており、あえて言葉に出さずとも通じ合っていた。
ところがその思いとは裏腹に、キュルケの心中は千々に乱れている。
二人の出会いが昨日の今日とはいえ、ルイズとブラムドの絆はとても強いものだ。
それは、ブラムドの前であの誇り高いルイズが泣き喚いた一件だけで、十分に理解できる。
故に、キュルケの心には不安が渦巻く。
大切なものを傷付けられて、黙っていられるようなルイズではないだろう。
ルイズの心中もまた、千々に乱れていた。
そのほとんどを支配しているのが怒りであることは、キュルケの想像の通り。
しかしその怒りの矛先は、ルイズ自身に向けられていた。
自分の未熟さが友を傷付けようとし、自らの使い魔をも傷付けていた事実が怒りを、悔し
さをふつふつとわきたたせる。
拳を握り締めたルイズは顔を上げ、そして自然とキュルケの顔を視界に入れた。
今にも泣き出しそうなその顔に、ルイズは苦しんでいるのが自分だけではないことを知る。
それに気付いた瞬間、ルイズはキュルケに背を向けた。
うなだれたキュルケの耳に、ルイズの声が入り込む。
「石を爆発させるなんて、とんでもないやつもいたものね」
顔を上げたキュルケの視線の先に、ルイズの背中と、その顔を見ているタバサのかすかな
笑顔があった。
「でもキュルケに怪我がなくてよかったわ。何も言わないってことはブラムドの怪我も大
したことないだろうし」
背中からではルイズの顔はうかがい知れないが、キュルケはその顔がまた赤くなっている
ことを確信し、その予想は正鵠を射ている。
ルイズの言葉で、その誇り高い少女の優しさで、キュルケの心に刺さった棘は抜けた。
はずだった。
後に最悪の形で姿を現すその棘に、今気付けるものなどいようはずもない。
三人の少女は、仲睦まじく食堂へと歩き出していた……。