砥石が必要

ワルキューレー!!!!」
叫びを上げたギーシュの目前に、七体のワルキューレが現れる。
「マルトーさん!?!?」
周囲で厭らしい笑みを浮かべるメイジたちは、悲鳴を上げるシエスタと対照的に過ぎる。
だがメイジたちは気付いていない、無礼な口をきいたコックの手が閃き、
その手から飛んだ包丁がワルキューレの頭に突き刺さっていることを。
そしてコックがギーシュに歩み寄る。
両手を不可解に揺らしながら、ワルキューレに焦点を合わせていない。
コックの焦点は、ギーシュに定まっていた。
「こういう、危ないものは、ちゃんと、扱わないと、いかんよ」
文節が区切られるたび、ワルキューレの関節があらぬ方向を向けられる。
コックの両手が魔法のように閃き、肘が曲がり、頭がもげ、
ちぎられた腕はコックの右手に捕まれている。
理解の範疇を超える光景に、メイジもメイドも問わず、
食堂にいる人間は沈黙するしかない。
残るワルキューレは二体。
ふっ、とコックが笑みを浮かべ、ギーシュはそれに反応しようとした。
気付けば、コックの手からワルキューレの腕が消えていた。
鈍いような鋭いような、重い音が響く。
音が消えるよりも早く、コックの姿は別のワルキューレの影に隠れていた。
今度はコックの右足が閃き、今度はワルキューレの膝下がちぎれ飛ぶ。
「案外もろいな」
だるま落としのように崩れるワルキューレの向こうから、
とぼけた台詞が聞こえた。
その言葉にギーシュが怒りをあらわにしようとした瞬間、
眼前にコックの顔があった。
「おいたはいかんよ」
笑みすら浮かべる余裕に、ギーシュは脂汗を吹き出していた。
だがコックはギーシュの手から杖を落とそうとはせず、
残った一体、最後のワルキューレに突き刺さった包丁を引き抜いて呟く。
「そろそろ研がないとな。シエスタ、砥石を出してくれ」
半壊にされたワルキューレの間を、散歩でもするかのように歩み去るコックに、
手出しできるものはなかった。