ゼロの氷竜 十九話

ゼロの氷竜 十九話




トリスタニアにあるカフェの一角で、四人の少女と一人の女性が席を囲んでいた。
六つの瞳が、うつむいた一人の少女に差し向けられている。
唯一の女性であるブラムドは、我関せずと切り分けられたケーキに手を伸ばしていた。
うつむいた少女、ルイズは顔を上げることもできず、じわりと汗がにじむのを感じている。
ルイズは自分に向かう視線が、自分を責めるものと疑っていない。
実際、そのような表情は誰の顔にも浮かんでいなかったのだが。
キュルケは、とにかくやたらに楽しそうな表情を浮かべていた。
シエスタは当初無表情だったが、様子の変じたルイズに気遣わしげな表情を浮かべている。
タバサは蛇ににらまれた蛙のようなルイズを眺め、小さなため息をつきながら隣席のキュルケを肘で突いた。
その瞬間、含み笑いで口元を震わせていたキュルケはつい噴き出してしまう。
「……ぷっ」
慌てて口を塞いだキュルケだが、はっと顔を上げたルイズにその表情を見られてしまった。
友たちの表情に、自分を責め立てるような色がないことを見て取り、それどころかむしろ楽しそうなキュルケの顔に、ルイズはその意図を正確に見抜く。
「……か……かっ、からかったのね!?」
「あっはははは!!」
怒髪天を衝くようなルイズの様子に、キュルケはとうとう我慢が出来なくなる。
ルイズはキュルケを指差し、顔を赤くしながら言葉になりきれない怒声を放つ。
隣席のシエスタは、おろおろとルイズを止めようとしている。
タバサはため息をつきながらも、特に動きを見せない。
キュルケは一瞬我慢してしまったせいか、笑いが止まらない様子だ。
「ぷっ! くふっ、ちょ、っとまっ、って!」
笑い上戸というわけではないが、一度はまりこんでしまっては容易に抜け出せない。
だからといって、ルイズの機嫌が良くなる道理もないのだが。
止まない笑い声に我慢の限界を超え、ルイズが腰を上げようとした途端、横合いから鋭く、大きな声が放たれた。
「あの!!!!」
六つの視線が声の主、シエスタに突き刺さる。
当の本人は思っていた以上の声の大きさに驚き、恥ずかしさに顔を紅潮させながら呟いた。
「わ、わたしはルイズ様が隠し事をされていても気になりませんから……」
ルイズを落ち着かせようとシエスタの放った言葉は、どこかずれたものだった。
そのずれが、ルイズの怒りを散らし、キュルケの笑いを小さな失笑に変じる。
どこか気の抜けた表情のルイズに、キュルケが謝罪の言葉を口にした。
「……は、ぁ。ごめん、ルイズ。……ちょっとやりすぎたわ」
あっさりとしたいいようだったが、ルイズは少し疲れたように鷹揚に手を振って応える。
どこか気の抜けた空気を振り払うように、皿を空にしたブラムドが声をかけた頃、ルイズの怒りは矛先を失って消えていた。


仕立て屋などが軒を連ねるブルドンネ街と比べ、武器屋などがあるチクトンネ街は色々な意味できれいというには程遠い。
当然客層もそれにならい、行儀の良い客など極々まれだ。
きしむ扉の音に目を向けた店主の前に、店に訪れたことのない人間たちが立っていた。
物珍しげに店内を見渡しているのは、四人の少女と一人の女性。
店の性質上、客のほぼ全ては男だ。
片手剣を二本差した、男よりもたくましい女がいるという噂を聞いたことはあるが、目の前にいる女や少女では間違っても剣など振るえないだろう。
しかも商人らしい観察眼を働かせれば、半数以上は貴族に違いない。
残る一人は侍女だろうし、最後の一人はお目付け役の家庭教師といったところだろう。
少なくとも、客になりうる一行とは言い難い。
とはいえ貴族というだけで商人としての美徳、すなわち愛想のよさを働かせるには十分だ。
儲け話の種がどこに埋まっているかわからないし、その身なりは没落貴族には見えない。
店内を見回しつつも出て行かないところを見れば、店を間違えたわけでもなさそうだ。
道をたずねるなら、わざわざ店に入るよりも道端の乞食に聞くほうが早い。
店に目的があるのなら、貴族の機嫌を損ねる必要はないだろう。
だが揉み手をして浮かべた愛想笑いは、残念ながら家庭教師の言葉で引きつる結果となる。



ブラムドが作った『暗闇』が、『解呪(ディスペル・マジック)』によって消え去る。
その先にあった光景に、少女たちは言葉を失う。
星をまいたかのように草原が光り、ブラムドの傍らに白い騎槍が突き立っていた。
手近な星を拾い上げるキュルケ、そして騎槍に注視するタバサを尻目に、ルイズはブラムドへと歩み寄る。
彼女には星の正体が鱗であることも、騎槍の正体が爪であることもわかっていたのだ。
ブラムドの本来の姿を最も近くで見ていたのは、他ならぬルイズだったのだから。
「……傷の具合は?」
ルイズがどんな言葉よりも先にいった一言を、ブラムドは快く感じていた。
……鱗や爪を引きはがして、何ともないはずはない。
そんなルイズの心配をよそに、ブラムドは血の跡もない左腕を見せる。
「大したことはない」
その言葉通り、爪の剥がれた左手の人差し指は出血もなく、腕の様子も変わっていない。
あえて左腕を見せたということは、鱗を剥がしたのは左腕ということだろう。
『変化』の魔法は、姿を変化させる魔法に過ぎず、怪我が治ることはない。
だが竜にとって出血を抑える程度なら、竜から人へ戻るわずかな時間で十分だった。
そこまで理解してはいないが、ルイズはブラムドの体に問題がないことに胸をなで下ろす。
しかしなぜブラムドが自らを傷付けたのか、ルイズを初め誰一人理解できない。
その理由を問う権利と資格を、ルイズだけが持ち合わせていた。
辺りに散らばる鱗と傍らに突き立った爪を見ながら、つぶやくように問いかける。
「どうするの?」
主の端的な質問に対し、使い魔はまるでタバサのように短く答えを返す。
「売る」
思ってもいなかった答えに絶句するルイズに対し、ブラムドはモンモランシーに水の秘薬を返さなければならないとの説明を付け加える。
「……話してくれれば、私が何とかしたのに……」
ルイズの言葉で、今度はブラムドが絶句する。
二者の間には、元々住んでいた世界が異なるが故の大きな認識のずれが生じていた。
フォーセリア世界において、魔法力や精霊力が秘められた道具は、その込められた力によって価格が大きく上下する。
上位精霊ほどの力を秘めた水の秘薬であれば、かつてブラムドが守護していた太守の秘法とまでは行かずとも、小さな城を買う程度の価値はあっただろう。
だが実際のところ、ハルケギニアにおいては多少高価という程度の代物に過ぎない。
そうでなければたとえ教師であるコルベールの頼みであったとしても、モンモランシーが水の秘薬を使うことはなかっただろう。
主と使い魔は認識のずれをすりあわせながら、一切譲り合おうとはしない。
ただし、単に約束を守ろうとしているブラムドと違い、ルイズの心境は複雑だった。
主であるはずの自分ができることに比べ、偉大な使い魔に受けた恩義は多大に過ぎる。
感謝を伝える機会は、どんな小さなものでも掴み取りたかった。
逆にブラムドとしては、生涯続く苦痛から解き放ってくれただけで満足している。
たとえそれを知っていたとしても、ルイズの態度は変わらなかっただろうが。
伝えたかったのは感謝だけではなく、好意や敬意、親愛の情だったから。
しかしルイズには、それを伝える方法がどうにもわからない。
人付き合いの経験が、ルイズには足りていないのだ。
混乱を自覚していないルイズは、今にも泣き出しそうな表情でブラムドへ訴えかける。
対応に困りながら、ブラムドもまた折れようとはしない。
進退窮まった二人に、キュルケの言葉が道を指し示す。
「捨ててしまうのももったいないわ。とりあえず鑑定してもらえばいいのよ」
そしてキュルケはルイズに歩み寄りながら、そっと耳打ちする。
「……そう高く売れるとも限らないし……」
ルイズはその言葉に振り向き、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
そんな二人のやり取りを横目に、タバサがブラムドへ問いかける。
「売れるものなの?」
遠慮のないその言葉に、ブラムドは珍しく少し憤慨したように反論した。
「我の鱗は炎や氷、普通の武具では傷もつかぬし、爪は石や鉄ごときなら易々と貫く」
その言葉で、キュルケの言葉ではれたはずのルイズの表情が、瞬く間に曇っていく。
ルイズをつぶさに観察したキュルケは、少し場違いな感想を心中でつぶやいた。
……あら、かわいらしい……。
キュルケの心に、それまでルイズに向けられるべきではなかった感情が生まれる。
とはいえキュルケに非生産的な嗜好はなく、その感情は泡沫のように消えたが。



「物を買いにではなく、売りに来た」
その言葉を受けた店主は、瞬時に引きつった口の端をすぐ戻すことができなかった。
貴族の家庭教師と思っていたその女、ブラムドが『強制召喚(リマンド)』の魔法によって中空から売り物を取り出したことで、用件の詳細を聞くこともできなくなる。
初めて見る魔法だったが、三人の貴族にはいまさら驚くにあたらない。
ただブラムドが魔法を使う姿を始めてみたシエスタは、驚きの表情を浮かべる。
だが平静な貴族たちの様子に、東方のメイジという言葉を思い返して無理矢理納得した。
カウンターに布袋と騎槍のような代物が置かれ、店主はようやく活動を再開する。
戸惑いながら、店主はひとまず布袋の中身へと手を伸ばす。
取り出した布袋の中身は、静かに輝いている。
それは確かにどこか見覚えがあるが、その記憶は判然としない。
説明を求めようとする店主の声を、とある声がさえぎった。
「武器屋で武器見ねぇたぁどんな了見だ!」
声は無論ブラムドのものでも少女たちのものでもなく、苦々しそうに眉間に皺を寄せる店主のものでもない。
「デル公! 商売の邪魔すんなっつってんだろうが!!」
店主は怒声を上げつつ、傍らの樽から一振りの剣を引き出す。
「紐で縛りつけたほうがいいのかね!?」
叫ぶ店主が鞘の先を地面に叩きつけると、剣は深く深く鞘に収まり、男の声は消える。
「……失礼しました」
店主は笑顔で取り繕おうとするが、存分に地を出した後では手遅れといえた。
救いといえば、交渉をしてきた家庭教師が表情を変えていないことだけだったろう。
「その剣は?」
「ああ、インテリジェンスソードでさ。なんだってぇ剣を喋らせようと思ったのか、あたしにゃさっぱりわかりませんがね」
家庭教師の目が手元の剣に留まっていることで、商売人らしい言葉が店主の口から漏れた。
「ご覧になりますかい? 鞘から抜かなきゃ静かなもんです」
無言で手を差し出したブラムドに、店主は剣を渡して品定めに戻る。
剣をつかんだ途端、淡い光に過ぎなかった左手甲のルーンが強い輝きに変化した。
それと同時に、ブラムドの脳裏を効率的な剣の使い方が浮かぶ。
……武器、か……
あらゆる武器を使いこなしたというガンダールヴの話を思い出し、ブラムドはそっと苦笑を浮かべた。
ものが喋っている以上、それに魔力が込められていることは確かだ。
とはいえブラムドとしても、店主のいうように武器を喋らせる利点は思い浮かばない。
支配階級が魔術師であることは、フォーセリアもハルケギニアも変わることはない。
その上で、ブラムドは両者の魔法大系以外の違いを確かめたかった。
ブラムドが暮らしていた時期のフォーセリアにおいて、魔法が込められた代物といえば、武具以外の道具が大半を占める。
――オスマンの部屋にある遠見の鏡に似た、遠見の水晶球。
――特定の魔法を込めた、杖や指輪、石版や壺。
――自身のマナの代わりにすることができる、マナそのものを封じた魔晶石。
つまり魔術師の生活を豊かに、あるいは便利にするための道具が主となる。
武具を必要とする人間の大部分は魔術師以外、つまり蛮族とさげすまれていた人間たちだ。
剣や鎧を使う魔術師がいても、その数は決して多くはない。
ブラムドの友、アルナカーラと同門の付与魔術師の中には、魔法の武具を研究している人間もいた。
それでもありえた武具は、その素材以上の切れ味を持つ剣や炎や氷をまとった剣。
もしくは武具の姿を模しただけの魔力の発動体、つまり特定の呪文や行為で発動する封じられた魔法を使うための道具。
すなわち、武具である必然性がない代物のいずれかだ。
だがブラムドの手にある剣は、フォーセリアの魔術大系の延長線上にはない。
剣の姿では歩くことも飛ぶことも出来ず、手紙や伝言を運ぶ使い魔などにも劣る。
五感を駆使して戦う剣士にとっては、喋ることは邪魔にしかならないだろう。
しかし封ぜられた魔力を探れれば、喋る意味が理解しうるかもしれない。
ブラムドの口から、呪文が漏れはじめた。



手に取った剣を見るブラムドの様子に、少女たちは顔を見合わせる。
「剣がほしいのかしら?」
「でも、ブラムド様にはいらないわよね?」
ルイズとキュルケの言葉に、タバサがこくこくとうなずく。
「メイジに剣は似合いませんものね」
やはりどこかずれたシエスタの言葉に、ルイズはまだブラムドの正体を教えていなかったことを思い出す。
そのつもりもなかった隠し事にルイズは少し心を痛めたが、今この場で説明するわけにもいかない。
「そ、そうね……」
どこか曖昧なルイズの返事に疑問を感じたシエスタだが、それを表に出すことはなかった。
「でもルイズ、あの剣すごい色してたわよ?」
「ほんとに? どうせだったら見栄えのするのがいいと思うんだけど……」
そういいながら剣に目をやったルイズは、その剣の汚さに口元を引きつらせる。
飾り気のない茶色であったろう柄頭は鈍色にくすみ、握りに巻かれた布もぼろぼろにほつれている。
実用性だけが重視された無骨な鍔元は、よく見れば錆が浮いていた。
今ブラムドが着ているミス・ロングビルの服には、どんな剣でも似合わないだろう。
だがしかし、どれだけ服装を変えたとしても、あの汚い剣はブラムドには似合わない。
先刻までブラムドを着せ替え人形にしていた少女たちには、それが断言できた。
「ま、まぁ欲しがったりはしないでしょ?」
キュルケが安心させるためにいったその言葉に、ルイズは深く頷いた。
やたらとむやみに力強い願望を込めて。
残念なことに、その願望は様々な意味で裏切られるのだが。


主人の願望、あるいは心配をよそに、使い魔は魔法が込められた品物の鑑定をする『付与魔法鑑定(アナライズ・エンチャントメント)』の魔法を唱えた。
ブラムドの支配下に置かれたマナが、まるで触手のように剣へと伸ばされ、かき消える。
思いもよらない事態に、ブラムドは一瞬思考を停止してしまう。
ブラムドが再び同じ魔法を唱え始め、同じようにマナの触手が消える。
三度目は、『魔力感知』を使いながら。
確かに、剣は魔力を帯びている。
マナの触手が剣に触れるやいなや、剣がマナを吸い込んでしまう。
その瞬間、ブラムドはこの剣が魔法使いを相手にするための剣なのだと理解した。
……これは、とんだ掘り出し物か……?


ブラムドによる剣の確認に平行して、武器屋の店主による素材の査定も行われていた。
それが何であるのか、問う機会を逸してしまった店主はとりあえず色々と試してみる。
布袋から取り出した素材には、都合良くのこぎり状の部分が存在した。
木製のカウンターを削り、手元にあったナイフに傷がつく。
試しに同じナイフで切ろうとしたが、傷つく気配もない。
固定化のかかった青銅のナイフで試しても、ただの鉄のナイフと結果は変わらない。
……確かこれに固定化をかけたのは、ラインだったな……
「すいませんが、これに固定化をかけたメイジのクラスを教えてもらえませんかね?」
――固定化をかけたことはわかっている。
言外にそう含ませた店主の言葉は、驚きの結果をもたらす。
「固定化?」
呆気にとられたようなその反応に、店主は逆に驚いてしまう。
物体の強度や耐久性を跳ね上げる固定化の魔法は、ハルケギニアにおいて最も生活に密着した魔法といえる。
傍らの貴族に問う家庭教師の様子に、店主はそれが演技などではないことを理解した。
つまり今店主が手元に持っている素材は、固定化などかかっていない。
にもかかわらず、固定化がかかった青銅のナイフに傷をつける強度を持っている。
機会を逸したなどといっていられる余裕は、最早店主にはない。
「……こりゃあ、一体なんなんですか?」
ふるえるような店主の問いに、家庭教師は端的な答えを返した。
「竜の鱗と、竜の爪だ」



ブラムドの鱗と爪は、ルイズの想像を遙かに上回る金額で買い取られていった。
当然、利益を上げたい店主は買値を引き下げようとしたが、虚言を聞き分けるブラムドに交渉が通じるはずもなかった。
さらにはインテリジェンスソード、デルフリンガーが神妙にいった言葉が決め手になる。
普段どんな相手、荒くれ者の傭兵であろうと貴族であろうと、傍若無人な口調を改めようとしなかったその剣が、剣士にも見えない女に敬意を表したのだ。
「おやじ、このお人には通じないぜ」
あきらめたように改めて提示した額は、瞬間とはいえタバサの表情を変えるほどだった。
元々貴族の子女に過ぎない少女たちが、武具の価格に無知だったためもあるが。
名のあるメイジが作った剣であれば、ちょっとした屋敷が買えるほどの価格で売買される。
提示された額は、庭付きの屋敷が買えるほどだった。
当然それだけの金額を即座に払えるはずもなく、ブラムドはその一部、そしてデルフリンガーを手付けとして受け取る。
その後、一行はモンモランシーへ返すために秘薬を扱う店に向かうが、水の秘薬は品切れで手に入らなかった。


ひとまず学院へ帰ることになった一行だったが、その空気は一部を除いて酷く重い。
「お、思ったより高く売れたわねー」
「……そうね……」
キュルケが何を言っても、ルイズは上の空。
「ブ、ブラムド様はあの剣が気に入られたんですかね?」
「……そうね……」
話者がシエスタに変わっても、状況が再現されるだけ。
無論、ルイズは友人たちに嫌がらせがしたいわけではない。
自分がブラムドにしてやれることの少なさに、深く頭を悩ませていたのだ。
だが不意に、ルイズの心へ天啓が下る。
自らの足で立っていないものなど、貴族とは呼べない。
まずは、貴族として胸を張れなければ、恩を返すなどとえらそうなことは言えないだろう。
顔を見合わせてため息を吐く友人に気付かず、ルイズは新たな決意を胸に刻んでいた。


ブラムドはそんな一行から少し離れて続き、デルフリンガーとなにやら話している。
タバサが、その様子に注視していた。
その胸中には漠然とした疑問が浮かんでいる。
ブラムドの本来の姿を知っている以上、竜が武器を求めた理由がわからない。
タバサの使い魔が竜であることも、疑問を深める一因だった。
仮に、オスマンから竜の姿にならないように頼まれていたことを知っていたとしても、武器など不要だと思っただろう。
昨晩、その圧倒的な魔力を見ていれば。
しかも、あの価格の手付けとしては、デルフリンガーでは明らかに不足している。
店内に飾られていた武具の中だけでも、はるかに見栄えのするものはいくつもあった。
代金の一部として受け取るのならば、少しでも価格の高いものを求めるだろう。
だが、もし価格をそれほど重視していないのなら?
ブラムドが金銭を求めていたのは、水の秘薬を入手する為の手段としてだ。
衣食住については主であるルイズが保障するため、それ以上の金銭は不要だろう。
だとすれば、デルフリンガーには金銭に換えられないほどの能力があるのではないか。
「興味深い……」
口の中でもれたつぶやきは、聞くものもなく風に溶けていった。


王都トリスタニアの城壁の外、人気のない林の中で、ブラムドは大地へ銀の駒を埋めた。
昨晩、召喚の儀を行った草原でしたように。
その後、学院へ戻るために開いた『転移の門(ディメンジョン・ゲート)』に目を白黒させるシエスタのおかげで、ルイズはトリスタニアへ来た方法を追求されずに済んだ。
一体誰に、ブラムドに抱かれて飛んできたといえるだろうか。
ブラムドが近くにいるだけで、馬が怯えてしまうという理由があったとしても。
自室へと戻ったルイズは、早速魔法の訓練を希望した。
ブラムドはそれに答え、ルイズの持つ駒へ改めて一つの魔法を封じる。
その時から、ルイズにとっての修行の日々が始まった。
今までの、一切の手ごたえも、一切の成果も見えない修行ではない。
メイジとしての、成長が実感できる修行が。
日に日に明るくなるルイズの様子を喜んだ人間は、実は当人が思うよりも多かった。