ゼロの氷竜 十七話

ゼロの氷竜 十七話


シエスタとギーシュの決闘が行われた翌日、ブラムドは深刻な苦境に立たされていた。
「やっぱりブラムドには白が一番似合うと思うわ!!」
トリステイン王国の王都、トリスタニアの一角。
「馬鹿ねぇルイズ。そこであえて黒を身に付けて、落差で肌の美しさを強調するのよ!!」
一番の大通りとされるブルドンネ街、王城に近い貴族向けの仕立て屋で。
「いえ、ツェルプストー様。あの肌の白さならば、淡い色合いで十分に引き立ちますわ」
傍らの仕立て職人にも、ブラムド当人にも、三人の少女たちは口を挟ませない。
服を仕立てる本人に発言権が与えられなかった理由は、ブラムドが仕立て職人にいった一
言が原因だった。
「こういった派手な服ではなく、地味な服を仕立ててもらおう」
人間の姿となったブラムドがまとう服は、元々オスマンの秘書であるロングビルのものだ。
秘書という職業の性質上、その服装は派手なものではない。
貴族としての相応しさを持つ学院の制服に比べ、地味であることは明らかだろう。
とはいえ狩りをする竜と人間とでは、派手さ、つまり目立つか否かの感覚は大きく異なる。
まして、ブラムドはルイズの守護者たる役割を自らに課している。
必然的に戦うことの有利さを考え、景色にまぎれやすい色彩を考えてしまう。
ブラムドの考えはルイズたちに却下されるが、それは確かに間違った考えでもあった。
人間が人間の集団に溶け込み、まぎれる為には個性というものを消す必要がある。
ブラムドの考える通りの色彩を再現したならば、土や石に近い淡色のものか、もしくは景
色に溶け込みやすい色を使ったまだら模様になっていただろう。
トリステインにおいて、そのような服をまとう人間は他にはいない。
そういった形で目立つよりは、美女が美女として目立つ方がまだしもましといえるだろう。
感覚の落差を端的にあらわしたブラムドの言葉は、人間として、貴族として育てられたル
イズとキュルケには衝撃だった。
当然、貴族にかしずくための教育を受けたシエスタにとっても。
ただ一人、服装に頓着しないタバサは無表情なままであったが。
それからブラムドは意見することも禁じられ、三人の着せ替え人形のように扱われている。
普段と比べ、明らかにうんざりとした表情を浮かべるブラムドと対照的に、三人の少女た
ちはひどく楽しそうだった。
「これなんかいいと思うんだけど?」
とキュルケが持つ服は淡い色合いと対照的な原色で、胸元に深い切れ込みが入っている。
「誰もがあんたみたいな露出狂だと思わないことね」
そういいながらルイズが抱えるのは、白いブラウスと黒いベストだ。
「それじゃ地味すぎない? 下をスカートにしないと男装にしか見えないわよ?」
ルイズは無論、それを意図してはいない。
しかしその単語を聞き、数拍の間があったのち、三人の少女は顔を見合わせた。
互いに目配せをし、その視線をブラムドへと投げかける。
突然口をつぐんだ少女たちに、ブラムドは不思議そうな視線を投げかけた。
だが少女たちはブラムドの視線には応えず、額をつき合わせるように相談を始める。
「……髪は……?」
「……そのままでもいいと思うけど……」
「……後ろで縛るのも良いかと思います……」
目の前で不穏当な会話が繰り広げられる中、ブラムドは柔らかく微笑んでいる。
かつてルイズの顔を覆っていた影が、ほとんど抜け落ちていたからだ。
魔法を使えない事が変わらない以上、不安の全てが解消されたわけではない。
ただ、ブラムドを召喚した事が、そしてそのブラムドが魔法を使えると保証したことが、
ルイズの不安を緩和している。
召喚の儀式から、つまり一人と一体は出会ってまだ二日しか経っていない。
にも関わらず、ブラムドの強さが、ブラムドの知識が、何よりブラムドの優しさが、ルイ
ズの心から重石を取り去っていた。
とはいえ、ルイズの笑顔の理由は他にも存在する。
親愛の情を持ってはいても、ブラムドは使い魔でありながらルイズにとっては上位者だ。
心とは裏腹に、立場の違いがルイズとシエスタの関わり方に一線を画してしまう。
ルイズには対等の友人がいなかった。
だがそれも、キュルケとタバサという友人が出来た今では、過去のことにすぎない。
自身がそうとは意識せず、ルイズは友人たちとの語らいを謳歌している。
ブラムドはそれを喜んでいたが、性の別なく着せられる服の量にいささか辟易もしていた。



「この先、僕が愛するのは君だけだ」
仕立て屋からそれほど離れていないカフェの一角で、キュルケの言葉を聞いた他の少女た
ちがわずかに頬を赤らめる。
少女ではない女性、しかもその正体は人間ですらないブラムドには、色恋という感覚が存
在しないため反応はない。
無論、キュルケはその中の誰かへいっているわけではない。
昨晩モンモランシーから繰り返し聞かされた、感謝と報告の一部を抜粋しただけだ。
「ひねりはないけどいい台詞じゃないの?」
頬の熱さを感じながら言葉を返すルイズに、キュルケが首を振りながら応える。
「他人ののろけ話なんか聞きたくもないわよ。しかもあんなに遅くまで……」
キュルケはそういいながら口元をおさえ、あくびをかみ殺す。
「いつも物事をはっきりとおっしゃる、ミス・ツェルプストーとも思えませんわね」
毒づくルイズの心中は、割合複雑に絡み合っていた。
これまでさんざんやり込まれていたことに対する復讐心も多少ある。
隣室から寝しなに聞こえ続けた声を止められなかったのか、という非難も多少は含む。
そして、疲れている様子のキュルケを慮る気持ちがある。
素直さが足りないという点について、ルイズにはいささかの進歩も見られなかった。
とはいえ、キュルケは洞察力に優れている。
ルイズが、自分に気を使っていると言うことを読み取れるほどには。
ほとんど表情や態度に変化のないタバサと、一年以上も友人付き合いをしているのだから
当然ではあるが。
ただし、素直さが足りないという点についてはキュルケも同じ。
故に、ルイズが気を使ったことに対し、素直に礼を言うはずもない。
「何がおっしゃりたいのかしら、ミス・ヴァリエール?」
「どこかの誰かへは、言いにくいこともはっきりとおっしゃいますのに、ミス・モンモラ
ンシには気を使われるのかと思いまして」
回りくどく嫌みを口にするルイズの言葉に、キュルケは誘導するための答えを返す。
「お友達だからこそ、隠しておきたいこともありますわ」
「そうでしょうか? お友達であれば、隠し事などするべきではないかと思います」
自分の言葉を否定しようとするルイズの性格を、キュルケはよく理解している。
長い間彼女のやる気を維持するために挑発してきたことは、伊達ではない。
ルイズの返答は、キュルケの導く通りだった。
「隠し事はよろしくありませんか? ミス・ヴァリエール」
「ええ、もちろんです! ミス・ツェルプストー」
キュルケが浮かべたわずかな不機嫌さが演技だと、ルイズは気付かない。
「ならばミス・ヴァリエールはお友達に隠し事をなさらないのですか!?」
売り言葉に、買い言葉。
「ええ、当然ですわ! ミス・ツェルプストー」
罠にはめられたことに、ルイズは気付かない。
ただキュルケの表情が一転して楽しげになったことで、途端に不安が生まれる。
その不安を、キュルケは微笑みながら助長していく。
「時にミス・ヴァリエール、夜や朝、隣室の音や声が聞こえることはございませんか?」
唐突な話題の転換だったが、ルイズは引くことを知らない。
「時折、そういったこともございますわね……」
そういった瞬間、ルイズはキュルケの言葉に不穏な単語が混じっていたことに気付く。
……夜や……朝?
ルイズが疑問を覚えても、最早罠から抜け出す手だてはない。
「昨日の朝、私は声を聞きました。どなたの声かはわかりませんでしたが、ひょっとした
らミス・ヴァリエールはご存じではありませんか?」
まるで底なし沼にでもはまったかのように、ルイズは身動きがとれない。
「その声はこういっておりました。内緒、とか、シエスタにも、とか」
昨日の朝の出来事を思い出し、ルイズはみるみるうちに顔色を青く変えていく。
キュルケはシエスタの視線がルイズへ向かうのを横目に、心中で短くつぶやいた。
……チェックメイト
無言で向けられるシエスタの視線が、ルイズには恐ろしいほどの重圧に感じられていた。
「私たちもお友達でしょう? もしご存じなら、どうか隠し事などなさらないで?」
キュルケの言葉は冗談交じりではあったが、今現在ルイズはそれを否定するほど彼女を嫌
ってはいない。
さらにはタバサもルイズへ無言の視線を送っている。
友人へ隠し事をしないという自らの言葉が、ルイズから選択肢を奪い去っていた。



時は前日の夜に戻る。
トリステイン魔法学院の門扉を支える支柱に背中を預け、一人の女が自らの体を抱き寄せ
ながらうずくまっていた。
二つの月が、緑色の髪を照らす。
学院長オスマンの秘書、ロングビル。
そのもう一つの顔は、貴族を専門に狙う盗賊フーケ。
魔法学院の宝物庫を狙うフーケは、見張りや逃走経路の下調べに時間をかけていた。
肝心の宝物庫を破る方法がわかりさえすれば、あとはいつ仕事を済ませるか決めるだけ。
しかしそんな時期に、得体の知れない人間が姿を現す。
トリステイン王家とも深くつながる大貴族の家に生まれながら、一切魔法が使えない娘。
悪い意味で名が売れていた彼女が、事故で呼び出した使い魔。
東方の魔法を操るという、得体の知れない一人の女。
ブラムドと名乗るその女は、大した時間もかけずに秘書ロングビルの裏の顔を見抜く。
間諜であるという虚言は即座に見破られ、盗賊は不本意な約束を強いられた。
学院の生徒を傷つけないこと、合言葉を聞いた時には即座に秘書としての仕事に戻ること。
その合言葉は、その日のうちに聞く羽目になった。
決闘を覗き見るため、本塔の上層階へ向かう生徒たちの話を小耳に挟んだ。
貴族と平民が決闘をすれば、結果は火を見るよりも明らかとなる。
平民に勝ち目など存在しない。
だが、立会人として名乗りを上げたブラムドが力を使うのならば。
その力の一端だけでも、見ておいて損はない。
用心はしたはずだった。
窓から顔を出すこともしていなかった。
にもかかわらず、どこからともなく合言葉だけを聞かされる。
「二本足の鼠」
戦慄を覚えて窓から顔を出しても、魔法を使わなければ表情すらわからない。
どうやって自分の存在を確認したのか、ロングビルには全く理解できなかった。
未知への恐怖に襲われ、無人の学院長室へと走る。
手を出すべきではない。
仕事を取りやめ、今すぐ学院を出て行くべきなのかもしれない。
そんなことを考えながら、踏ん切りもつかなかったその日の夜、寮塔を出たブラムドとそ
の主を見かける。
気配を消したまま、正門へと向かう足音だけを確かめた。
二人の足音がとぎれて正門の向こうへと移ったあと、フライを使って正門の横まで飛ぶ。
姿を見ぬまま足音へ耳を澄ませた瞬間、耳元でささやくような声を聞いた。
「二本足の鼠」
あまりの衝撃に、悲鳴を上げかける。
集中を乱され、フライの魔法が解けてしまう。
背後には正門の支柱、正面にも左右にも人の姿はない。
だが聞いた声は確かにブラムドのものだった。
ロングビルは、自分の視界が揺れていることに気付く。
そして揺れているのが自身の体であることに、全身が震えていることを知る。
背中を支柱に預け、力が入らない両腕を体に巻き付けた。
最早ブラムドのことを知ろうとする意思は、ロングビルの心から消え失せていた。
主と使い魔が目的地に着いた頃、学院の秘書は緩慢に立ち上がる。
何気なく見上げた空を竜が飛び去る姿を見ながら、彼女は首を振って自室へと足を向けた。
ブラムドを排除することも、味方に引き入れることも、可能とは思えない。
であるなら、可能な限り仕事を急がなければならないだろう。
植えつけられた恐怖が、ロングビルの心を急かす。
急く心の中で、しかし、という声が聞こえた。
それは盗賊フーケの声。
フーケが、仕事を急げばろくなことにはならない、と心中でつぶやいている。
かつて急ぎ仕事でしくじった折、彼女は命を落としかけていた。
ロングビルの命の上に妹の命が乗り、さらにその上に幾人もの孤児の命が乗せられている。
その重さが、急く心を落ち着けた。
ところが妹への深い愛情がある一方で、真っ赤に焼かれた鉄のような復讐心が存在する。
いつか復讐を成就できるのか、成したとしてそれが自分と妹に何をもたらすのか?
ロングビルはふとした思いつきを、心中でフーケに問いかける。
だが盗賊は沈黙したまま答えることはない。
ロングビルもまた、答えがないことはわかっていた。



月明かりを奪う木々のヴェールが途切れ、その先には緑の絨毯が広がっていた。
歩みを進めるルイズは自身があけた絨毯の穴に気付き、不意になぜか懐かしさを覚える。
ほんの二日前の出来事が、まるではるか昔の出来事のように思えたからだ。
「ルイズ、どうかしたのか?」
頭に乗せられたブラムドの手を取り、ルイズは振り向いて首を横に振る。
何でもないと仕草に表しながら、彼女は少し考え込む。
たった二日で目の前の竜が、自分にとってどれだけ重要な存在になっているのかを。
同時に、ルイズは緩みかけていた心を引き締める。
今自分は目の前の偉大な竜の主とは釣り合わない。
この上ブラムドに依存するようになっては、貴族と名乗ることも出来なくなるだろう。
かつて父から聞かされた言葉が脳裏をよぎる。
「自らの足で立つこともできない人間が、どうして貴族を名乗れるものか」
貴族として相応しい能力を、ブラムドの主として相応しいだけの能力を、追い求めなけれ
ばならない。
そうでなければブラムドに対し、礼を失することにもなるだろう。
誇りとともに、新たな決意を心に刻み込む。
そうしてブラムドを見やれば、その目線はルイズを向いていない。
ルイズは追随するように振り仰ぎ、木々の上に何かを見つけてつぶやいた。
「……風竜?」
「うむ。タバサとキュルケもおる」
ブラムドの言葉に目をこらせば、確かに風竜の背には人影がある。
まだその顔まで判別できないが、空色の髪の毛と燃えるような赤毛は見て取れた。
「どうする? ルイズ」
うなりながらしゃがみ込んで頭を抱えるルイズに、ブラムドが問いかける。
「……どうする?」
「見せるか、追い払うか、黙らせるか、どうする?」
選択肢を与えられることで、ルイズはようやくブラムドの言っている意味を理解した。
とはいえ最善の選択がいずれであるのか、友人がいなかったルイズにはわからない。
「どうすればいいと思う?」
立ち上がりながら、それでもまだ眉間のしわを晴らせぬまま、ルイズがブラムドに問う。
「決めるのはルイズ、お前だ。信頼に値するならば我の魔法を見せる。あまり信頼がおけ
ぬなら追い払う。信頼に値せぬと言うならば、黙らせる」
挑発という形ではあっても、長い間励まし続けてくれていたキュルケは信頼に値する。
ただ、それを口に出せないルイズでもあった。
「……黙らせるって?」
提案をしてはいたが、ブラムドはルイズがそれを選択するとは思っていない。
また、生徒を傷つけないというオスマンとの約定もある。
だがルイズの本心を引き出すため、あえてブラムドは過激な提案を口にした。
「方法は二つある。他言できぬように魔法で縛るか、二人を殺すかだ」
「こっ……!?」
ルイズは想像もしていなかった言葉に息を飲む。
その主は使い魔が人を殺めることを望まないことも、オスマンとの約定も知らない。
わかることは、いずれの方法も目の前の竜にとってはたやすいであろうということだけ。
それがわかっていながら、ルイズはブラムドがそのいずれも望んでいないように思えた。
使い魔の主はわずかに沈思し、その理由に思い至る。
ギーシュに対してあれだけの寛大さを見せたブラムドが、自分の魔法を見られた程度で人
を殺すのだろうかと。
その瞬間、ルイズは自分がブラムドに試されているのだと理解した。
時を同じくして、キュルケとタバサを乗せた風竜がルイズたちの前に降りる。
「……あらルイズ、偶然ね。あなたたちもお散歩?」
キュルケの悪びれもしないあからさまな嘘に、ルイズは思わずため息をつきそうになる。
しかし次の瞬間、その口から出たのはため息ではなかった。
「……今夜、この場で見たことは他言無用よ?」
その言葉にキュルケは気楽に首肯しかけながら、殊の外真剣なその瞳を見て姿勢を正す。
「キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーの名にかけ
て、他言はしないと誓うわ」
キュルケの瞳は、ルイズの瞳と正面から向かい合わされていた。
友の真摯な誓いに少し驚きながら、タバサもルイズの真剣さに応える。
二人の言葉に頷き、ルイズはブラムドを見上げる。
使い魔はどこか満足げに微笑み、主の頭を優しくなぜた。



月が動く間に、緑の絨毯が様相を変えていた。
白い円の中心で、内側から突き出した氷によって裂けた、茶色い人影が立ちつくしている。
ブラムドが魔法の目標として生み出した、『木の従者(オーク)』のなれの果て。
昼間モンモランシーに見せようとした『氷嵐(ブリザード)』の魔法だ。
それは空気中の水分のみならず、『木の従者』の体内の水分へも働きかける。
水分が凍結することで膨張し、氷柱のような形で『木の従者』の体を引き裂いていた。
その隣に立つ、『石の従者』には傷一つない。
正確に言えば、『石の従者』を中心にした円形の部分だけが無傷のままだ。
『魔力隔壁(ルーンアイソレーション)』によって魔法の効果がその内外を行き来できず、
『火球』が外側で炸裂した結果、三日月のような焦げ跡が黒く刻まれている。
ブラムドが右手を開いて『石の従者』に向け、『光の矢』を放ち始めた。
その手元で一本の矢が煌めいたと思った瞬間、ガラス同士をこすりあわせるような音を立
て、『光の矢』は『魔力隔壁』にはじかれて消える。
二本、三本、四本と数が増えても、結果は何一つ変わらない。
だが五回目に生み出した一本の『光の矢』は、それまでよりも遙かに強い光を放っていた。
それは『魔力隔壁』を割り、『石の従者』の眉間を貫き、その頭を粉々に砕く。
重苦しい音を立てて、頭を失った『石の従者』が倒れ伏した。
そして訪れた沈黙の中、傍らに立つ三人の少女たちは呆然と立ち尽くす。
たった今目の前で繰り広げられた、見知らぬ魔法の威力に驚きを隠せない。
タバサは、かつて杖を向けようとした相手が持つ力の片鱗を知る。
……あのファイヤーボールはキュルケのよりも強力。
……でも防御壁はそれを全く通さなかった。
……光の矢を放つ魔法にしても、あの速さではかわすことも防ぐことも不可能。
……しかも、ひょっとして強い魔法は使っていない……?
三人の中で唯一、豊富な戦闘経験を持つタバサの分析は的を射ている。
事実、ブラムドが先刻使った上位の魔法は『魔力隔壁』のみでしかない。
理由はいくつかあるが、今回はあくまで発動に問題がないかを確認したに過ぎないからだ。
ブラムドが体内のマナを確認し、タバサが考え込む中、キュルケがルイズへ問いかけた。
「ルイズ、ブラムド様の魔法を教わらないの?」
その疑問、その選択はルイズも一度考え、そして答えを出していた。
「私は昔、魔法使いになりたかった。でも、今は違う」
そしてその瞳に赫々たる炎を宿らせ、自らの言葉を継ぐ。
「私は父や母のような、立派な貴族になりたい」
とはいえ、キュルケはルイズのその言葉だけでは納得できない。
さらなる問いを口にしようとしたところ、キュルケはタバサに袖を引かれた。
「トリステインとゲルマニアでは考え方が違う」
確かに、能力次第では平民でさえも貴族として用いるゲルマニアと、伝統と格式を重んじ
るトリステインでは違うだろう。
しかしその一言だけでは、キュルケの疑問は払拭するに至らない。
それを理解しているタバサは言葉を重ねる。
「異端とされれば、公爵家に影響が出るかもしれない」
タバサの重ねた言葉に、キュルケはようやく得心した。
始祖ブリミルの後継、その一つとされるトリステインで、王に進言できる力を持つ公爵家
の令嬢が異端の力を使う。
ルイズが系統魔法を使えないという醜聞などとは、比較にもならない。
それが真実であろうとなかろうと、市井に流布してしまえば致命傷にもなりかねない。
しかも、ブラムドが使う魔法の詠唱は系統魔法のルーンとは違う。
それが明白である以上、異端とされるだけの理由には十分すぎる。
平民に異端と後ろ指をさされる貴族を、立派な貴族とは呼ばないだろう。
「残念ね? ルイズ」
「……ちょっとね」
キュルケは、自分の言葉に短く応えたルイズの嘘を見透かしている。
ルイズがどれだけ魔法を求めていたのか、それを見てきた数少ない人間の一人だからだ。
そして誇り高い彼女が、秘めた本心を口にしないことも知っている。
だから、キュルケはブラムドがするようにルイズの頭をなぜようとした。
だが、その慰めを素直に受け入れるルイズではない。
「何するのよ!?」
顔を赤らめてその手を振り払うルイズに、キュルケは笑いながら反論する。
「いいじゃない!」
そうして始まった小競り合いに、ブラムドは微笑み、タバサは少し口の端を持ち上げた。